フジテレビ系で放送中のドラマ『ラムネモンキー』、皆さんはご覧になっていますか?
主人公3人と同世代の私は、毎回楽しみに見ています。
2月11日に放送された第5話は、物語がいよいよ核心に迫るとともに、現代を生きる私たちの心にグサリと刺さるテーマが描かれていました。
今回は、最新話の内容と、そこから見えてきた「勝ち組・負け組」という言葉の正体についてお話しします!

第5話:よみがえる記憶と「謎の店主」の影
恩師・マチルダ(木竜麻生)の失踪の謎を追う、ユン(反町隆史)、チェン(大森南朋)、キンポー(津田健次郎)の3人。第5話では、彼らがかつて入り浸っていた「ビデオジュピター」の店主・蛭田(生瀬勝久)に前科があったことが判明します。
3人の記憶の中では「親切なお兄ちゃん」だった蛭田ですが、実は裏の顔があったのかも……?そんな不穏な空気が漂う中、居場所を突き止めた3人は、バブル時代を今も引きずっているような蛭田に、強烈な違和感を感じます。
その蛭田が放ったこのセリフが印象的でした。
> 「全部おまえらの頭にあるはずだ。あの頃何があったか。中学生には分からなくても今のおまえらなら分かるはずだ」
過去の記憶は、人によって都合よく書き換えられているもの。今の大人になった彼らだからこそ気づける「真実」が、そこには隠されているようです。
SNSでも話題!古沢良太脚本の「会話劇」と「共感」
放送後のSNSでは、脚本の古沢良太さんらしいテンポの良い会話劇や、バブル世代への皮肉を込めた展開に絶賛の声が集まっています。
* 「大人たちの青春をずっと見守っていたい!」
* 「中2と中年を行ったり来たりする感覚に陥る」
* 「勝ち組を気取る層にビシッと言い返すシーンがスカッとした」
特に注目したいのが、ドラマの中で描かれる「勝ち組」「負け組」という価値観への向き合い方です。
私たちを縛る「ラベル」の正体
ドラマの中で象徴的に描かれたのが、世代間の価値観の衝突です。現代社会では「勝ち組・負け組」という言葉が、単なる経済力だけでなく、自己評価を決める強いレッテルになってしまっていますよね。
SNSでも「そんな分類は古い」という意見が多く見られましたが、実はここが面白いポイントなんです。
「気にしていない」と言う人ほど、意識している?
結論から言えば、「自分は勝ち負けなんて気にしていない」と強く主張する人ほど、実はその枠組みを強く意識してしまっているのかもしれません。
* 本当に無関心な人: 否定も説明もしない(静かに距離を置く)。
* 否定したくなる人:その物差しが自分に触れているからこそ、反応してしまう。
「努力が足りないからだ」という自己責任論も、「社会構造が悪い」という制度批判も、結局は「勝ち/負け」という二項対立の土俵に乗っているという点では同じ。私たちは、成功者を冷笑しながらも、どこかで強く意識してしまうという厄介な心理を抱えているのです。
まとめ:自分の基準を取り戻そう
『ラムネモンキー』が教えてくれるのは、ラベル(レッテル)から逃げることではなく、「ラベルを自分の定義にしない」という強さではないでしょうか。
他人が決めた「勝ち負け」ではなく、自分が何を基準に生きるのか。
もし、今の自分にモヤモヤを感じているなら、一度立ち止まって考えてみるのもいいかもしれません。
引用元:“勝ち組”と“負け組”両側にある正論――『ラムネモンキー』視聴者の価値観に答えを委ねる古沢良太脚本の真骨頂
「ラムネモンキー」「やっぱり3人は何かを見ているんだ。そして忘れているんだ」「このドラマを見ている時は、自分も中2と中年を行ったり来たりしている」

