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渉の告白シーンが泣ける!「小さい頃は、神様がいて」第10話の深堀り解説と最終回はどうなる?

『小さい頃は、神様がいて』第10話 人気ドラマの感想

『小さい頃は、神様がいて』第10話のネタバレ感想

ドラマ『小さい頃は、神様がいて』第10話は、これまでの物語の中でも特に“刺さる”回でしたね。視聴後、SNSでは「涙止まらん」「渉よく言った!」と号泣コメントが続出。とにかく渉の告白シーンが大きな話題になりました。

あの動画メッセージは、一度見ただけでは収まりきらないほどの感情が詰まっていて、見たあともしばらく胸がギュッとなるような深さがありました。今回は、そんな渉の告白シーンを丁寧に振り返りながら、なぜあれほど心を揺さぶるのかをしっかり深掘りしていきたいと思います。

 


■ まずはおさらい:渉が動画で伝えた“本当の気持ち”

第10話、あん宛てにゆずがみんなの動画を集めている中で、渉がカメラの前に立つシーン。ここから一気に空気が変わります。

渉は「どうしても聞いてもらいたい気持ちがある」と切り出し、
「今、僕は…怒っています」
と、静かに、でも確かな感情を乗せて語り始めました。

怒りの矛先は、あんに対する恨みや文句ではなく、“自分自身への悔しさ”。結婚生活でできなかったこと、足りなかったこと、そして、あんが本当に求めていた「一緒にやろう」という言葉や行動に応えられなかったこと——ようやくそこに気づけた、そんな痛みがこもった言葉でした。

この時点でもう涙腺ゆるむんですが、さらに渉は核心に触れていきます。

「なんでもっと、どうしてほしいか、言ってくれなかったんですか?」
「バカな僕にさ、何度でも何度でも、どうして伝えてくれなかったの?」

ここであふれそうになる涙とこらえる表情がまた切なくて…。
視聴者としては、あんの気持ちも渉の気持ちも分かるだけに、胸の奥がキュッとなります。


■ なぜあのシーンはあれほど泣けるのか?

渉の告白動画が視聴者の心をこんなにも揺らした理由は、大きく3つあると思います。

① “気づくのが遅かった”という後悔に共感するから

家庭でも仕事でも、人間関係って後になって「もっとこうすればよかった」と気づくことがよくあります。特に長い結婚生活だと、慣れや忙しさで、相手の気持ちに鈍くなることってありますよね。

あんが求めていたのは、きっと派手な愛情表現ではなく、小さな「一緒にやろう」の積み重ね。
それに渉は今さら気づいてしまったわけで、その“取り返せない感”がすごくリアルで胸に刺さります。

視聴者が「わかる…痛いほどわかる…」となってしまうのは、この普遍的な後悔が匂うからかもしれません。

② あんへの問いが、実は“自分への叫び”になっていたから

渉の言う「なんで言ってくれなかったの?」は、表面的にはあんへの質問ですが、よく見ると、渉自身の後悔の裏返しなんですよね。

“気づけなかった自分が悔しい”
“ちゃんと向き合えなかった自分が情けない”

言葉はあんに向かっているけれど、矢印は自分に向いている。
だからこそ、渉の涙の意味が分かった瞬間、視聴者まで泣かされてしまうわけです。

③ あんの涙が「言われたかった言葉だった」ことを示していたから

動画を見ながら涙をこぼしたあん。
その涙が意味するのは、「遅かったけど、ほんとうは聞きたかった」という気持ち。

関係って壊れるとき、言葉が足りないまま終わってしまうことがあります。でもあの動画によって、やっと“答え合わせ”ができた。
その複雑な切なさが、画面越しにも伝わってきて、まさに心を持っていかれるシーンでした。


■ 渉というキャラクターの“弱さ”が人間味を生んでいる

渉って、一見すると仕事も家庭もきっちりできるタイプに見えるけれど、実はとても不器用で、気持ちを言葉にするのが下手。でも、そんな弱さがあるからこそ、今回の告白がより一層響いたんだと思います。

日常でも、素直になれなかったり、ありがとうやごめんねを言いそびれたり、相手の気持ちを深読みしすぎたり…大人になればなるほど、シンプルなことが難しく感じますよね。

渉はその“難しさ”を体現していて、だからこそ多くの視聴者が自分を重ね合わせてしまう。
ドラマのキャラでありながら、とてもリアルな人間味を持っているのが魅力です。


■ あんはなぜ涙をこぼしたのか?あの瞬間の心理を考察

あんが渉の動画を見た瞬間に涙を流したシーンは、言葉にならない気持ちが溢れたようでした。

その理由としては、

  • 渉が本当は気づいていた、気づこうとしてくれたことへの安堵
  • あの頃ほしかった言葉を、今になってやっと聞けた切なさ
  • もう戻れない時間の痛み
  • それでも愛情はちゃんと存在していたという事実

こんな風に、いろんな感情が混ざりあっていたんだと思います。

特に、親としての役割を果たすために頑張ってきたあんにとって、夫婦としての孤独や諦めは簡単なものではなかったはず。渉の告白は、その“心の底の部分”をふっと優しく刺激してしまったのかもしれません。

『小さい頃は、神様がいて』第10話


■ 第10話の告白は、夫婦の物語ではなく「人と人の物語」

渉の告白は、単に夫婦間の話じゃなく、もっと普遍的なテーマを描いているように感じます。

  • 人は大切な人にほど素直になれない
  • 失ってから気づくことがある
  • 言葉にしないと伝わらない
  • 遅くなっても、気づけたことに意味がある

こういう“人間らしさ”がぎゅっと詰まっているからこそ、あのシーンは多くの人の心に刺さったのでしょう。


■ 結論と最終回の考察

あの動画メッセージは、渉の後悔と愛情と、不器用な優しさが全部混ざり合った渾身の告白でした。
そして同時に、あんにとっても過去と向き合うきっかけとなり、視聴者にとっても“心が揺さぶられる瞬間”として強烈に残りました。

第10話は、渉とあんの物語のターニングポイント。
とは言え、来週はいよいよ最終回を迎えてしまいます。

そこでゆずが、以前言っていたセリフ「ハッピーエンドじゃないと嫌」が浮かび上がってきます。

渉とあんの離婚が無かったことに?なんて期待しちゃうけど、それだけだとちょっと終わり方が陳腐な気もするし。

きっと、みんなが幸せになれるような形で終わりを迎えるんじゃないのかな?


引用元:『小さい頃は、神様がいて』“渉”北村有起哉、“あん”仲間由紀恵へ怒りのメッセージ ネット涙「よく言ったよ!」(ネタバレあり)