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朝ドラ「あんぱん」たった20秒の出演で見せた二宮和也の存在感とは?

朝ドラ「あんぱん」に出演した二宮和也の存在感 コラム

NHKの朝ドラ「あんぱん」は、「これぞ王道の朝ドラ」という展開ですね。

特に「主人公の父親は早くに逝去する」というストーリーが多いというところも継承しています。

もっとも、やなせたかしさんの自伝に基づく話なので、ストーリーというよりは実話ですが。

ただ、びっくりしたのは、第一話で、すでに北村匠海さん演じる崇(たかし)の父親が亡くなっていたこと。

これは、二宮和也さんファンならずとも、ショックだったのでは無いでしょうか?

そして、今日の放送では、崇の「あんぱん」にまつわる父親との思い出のシーンで、わずか20秒の出演とたった一言のセリフで、視聴者視聴者の心を掴みました。

“アンパンマン”誕生秘話を描く感動の物語

「あんぱん」は、国民的キャラクター・アンパンマンの生みの親である、やなせたかし夫妻をモデルにした物語です。戦後の日本を舞台に、夢を追い続ける人々の姿が描かれ、多くの視聴者の共感を呼んでいます。その中で、二宮和也が演じたのは、主要キャラクターの一人・崇(たかし)の亡き父・清(きよし)という重要な役どころ。

たった一言、それでも心に響く父の愛

二宮が登場したのは、崇が父との思い出を語る回想シーンでした。物語の中で、風来坊のパン職人・屋村草吉(やむらそうきち)が焼く美味しいパンを食べたことで、崇の記憶がよみがえります。

父・清は、かつて銀座で買ってきたパンを家族に振る舞い、幸せなひとときを過ごしていました。松嶋菜々子演じる母・登美子(とみこ)や、弟・千尋(ちひろ)とともに、温かな団らんの時間を持つシーン。そこで二宮は、「崇、美味しいかい?」と優しく語りかけました。

たった一言。それだけにもかかわらず、父親としての温かさ、家族を思う深い愛情、そしてどこか切なさを感じさせる絶妙な表現で、視聴者を一瞬にして物語の世界へと引き込みました。

視聴者の反応「豪華すぎる」「圧倒的な存在感」

この短い出演ながらも、二宮の演技は大きな反響を呼びました。

「たった20秒で泣かされた」
「一言しかないのに、二宮和也の存在感がすごすぎる」
「豪華すぎるキャスティング!」

SNSには、こうした絶賛の声が相次ぎました。朝ドラ初出演となる二宮が、わずかな時間で強烈な印象を残したことに、多くのファンが驚きと感動を覚えたのです。

「あんぱん」は、やなせたかし夫妻の人生を描く作品ということもあり、キャスト陣も非常に豪華です。ヒロイン役の今田美桜、その夫である崇を演じる北村匠、そして崇の母・登美子役には松嶋菜々子、という盤石の布陣。その中で、亡き父・清役として二宮が出演したことにより、作品全体の深みが一層増しました。

特に、回想シーンという限られた時間の中での演技は難しく、視聴者に強い印象を残すのは至難の業。しかし、二宮はその短時間で確実に爪痕を残し、ドラマの重要なピースとして機能しました。

ところで、風来坊のパン職人・屋村草吉(阿部サダヲ)が焼くパンは、本当に美味しそうでしたね。

そこで、タイトルでもある「あんぱん」がどのようにして誕生したのか、調べてみました。

「あんぱん」の誕生と日本文化への影響 明治天皇が愛した特別な味

現在では日本の定番のパンとなった「あんぱん」。その誕生には、日本の食文化を大きく変える画期的な工夫と、明治天皇との深い関わりがありました。明治時代の日本にパンを根付かせた「あんぱん」の歴史をたどります。

「あんぱん」の誕生 日本人に合うパンを求めて

1874年(明治7年)、東京・銀座の「木村屋総本店」で、日本初の「あんぱん」が誕生しました。開発したのは、創業者の木村安兵衛とその次男・英三郎。当時、日本ではまだパン文化が浸透しておらず、欧米の硬いパンは日本人の嗜好に合わなかったのです。

そこで木村親子は、日本人にもなじみやすいパンを作るために、独自の製法を考案しました。その鍵となったのが「酒種酵母」です。これは、日本の伝統的な発酵技術である「酒種(さかだね)」を活用したもので、パン生地をふんわりと柔らかく仕上げることに成功しました。さらに、日本で古くから親しまれていた甘い「あんこ」をパンの中に包み込むことで、日本人にとって食べやすく、おいしいパンを生み出したのです。

明治天皇への献上「桜あんぱん」が広めたパン文化

「あんぱん」が日本全国に広まるきっかけとなったのは、1875年(明治8年)4月4日に行われた明治天皇への献上でした。この日、明治天皇と皇后が向島の水戸藩下屋敷でお花見をすることになり、お茶菓子としてふさわしいものを献上する機会が訪れたのです。

木村屋は、ただの「あんぱん」ではなく、日本の四季や文化を表現する特別な一品を用意しました。それが「桜あんぱん」です。パンの中央に、奈良・吉野山から取り寄せた八重桜の塩漬けを埋め込み、見た目にも風情があり、日本の美意識を感じさせる仕上がりとしました。

この「桜あんぱん」は、明治天皇に大変気に入られ、「引き続き納めるように」とのお言葉を賜りました。この出来事がきっかけで「あんぱん」は一躍有名になり、日本全国に広まることとなったのです。

朝ドラ「あんぱん」に出演した二宮和也の存在感

「あんぱんの日」の制定とその後の影響

明治天皇に献上された日である4月4日は、「あんぱんの日」として記念日に制定されました。これは、日本のパン文化の歴史を象徴する重要な出来事として、後世に語り継がれるべき瞬間だったのです。

その後、木村屋総本店の「あんぱん」は、日本人の生活に深く根付き、今でも多くの人々に愛されています。さらに、「あんぱん」というスタイルは日本各地で独自の進化を遂げ、様々なバリエーションが生まれました。

日本文化を象徴する「あんぱん」の存在

単なるパンではなく、日本の伝統と西洋文化が融合した「あんぱん」。酒種酵母を使った柔らかい生地、甘いあんこ、そして桜の塩漬けという絶妙な組み合わせは、日本人の味覚にぴったりと合い、今なお多くの人々に親しまれています。

明治時代に誕生し、天皇のもとへ届けられ、日本全国へと広がっていった「あんぱん」。それは、単なる食品ではなく、日本の歴史や文化を映し出す特別な存在なのです。

この小さな丸いパンには、日本の食文化を支えてきた職人たちの情熱と、歴史が詰まっています。今後も「あんぱん」は、日本人にとって大切な味として、受け継がれていくことでしょう。